心の発達2

青年期の心理

この時期は「自分さがし」の時期です。
自分はどんな人間のか。どんな性格なのか。何をやりたいのか。どんな職業につきたいの
か(そのためにはどんな学校に進学するのか)
そして自分はいったい誰なのか。
進学や就職で悩まない人は、ほとんどいないでしょう。
また青年期の人たちは、性格テストが大好きな人が多いようです。
自分が誰なのかを知りことを自我同一性(アイデンティティ)を確立するといいます。
自分は、他の誰でもない、まぎれもなくユニークな自分自身であり、現在の自分が何者で
あるか、将来何でありたいかを自覚すること。
つまり自分を発見することがアイデンティティの確立です。
自分はいったい誰なのかという悩みは、経験したことのある人にとっては、とてもよく共
感できる深刻な悩みです。
しかし、体験がない人にとっては、具体的な進学や就職の悩みは理解できても、自分はな
んなのかなどという悩みなど全く理解できないかもしれません。
自分探しは、ただ自分のことを考える作業ではありません。そんなふうに自分を探せば探
すほど自分のことがわからなくなるでしょう。
そんな自分探しはたいていは失敗します。
若者の自分探しは活動することです。
勉強や部活や恋や遊びやけんかや、いろんなことを体験しながら、自分自身を見つけてい
くのです。
自分を発見するといっても、自分は役立たずのダメな人間だと感じてしまうとしたら、そ
れはアイデンティティの確立とは呼びません。
アイデンティティとは、社会の関わりの中で身に着ける自分の役割、自分自身の価値につ
いての確信だからです。
人間は誰でも長所と短所がありますが、たとえどんな欠点があっても、それでも自分は勝
ちのある人間だという自尊感情(セルフ・エスティーム)を持つことが、アイデンティテ
ィの確立だということができるでしょう。

モラトリアム

アイデンティティの確立を先延ばしすることを心理的モラトリアムといいます。
こういう人たちをモラトリアム人間ということもあります。
モラトリアム人間などというと、あまりよくない意味で使われることがあるようですが、
この考えを最初に述べたエリクソンは悪い意味では使ってません。
社会が成熟し、豊かになったからこそ、青年期(または学生時代)が長くなり、人生の重
大な決定をする前に、いろいろと考えたり、試したりすることができるのです。
その結果、より良いアイデンティティの確立ができれば、それは良いことです。
アイデンティティの確立とは、別の言葉でいえば、色々な可能性を切り捨てることともい
えます。
たとえば、幼稚園に行っている私の子供たちは大きくなったら、うどん屋さんになりたい、
正義の味方になりたい、宇宙飛行士になりたい、サンタクロースになりたいといろいろな
ことを言っています。
何にでもなれると思っているのです。
これは子供としてごく普通のことでありよいことです。
高校生でも、声優になりたい、漫画家になりたい、看護婦になりたい、プロ野球選手にな
りたい、弁護士になりたい、医者になりたいといろいろなことを思うでしょう。
夢を持ち、大きな可能性を信じることは素晴らしいことです。
でも、小さな子供のように自分はなんにでもなれると単純に信じることはできません。
なりたい職業全部につくことはできません。
どれかをあきらめ、どれかを切り捨て、自分の道を選ばなくてはなりません。
結婚相手を選択するのも同じです。
アイデンティティの確立とは、時には、ほかの可能性を切り捨てることなので、それはそ
れでとても辛い作業になるのです。
だからアイデンティティの確立を先延ばしにするモラトリアムがあるのです。
昔の社会なら、とっくに社会の一員として、責任を負わなくてはならない年齢になっても、
もう少し準備期間を長くしようというわけです。

現代モラトリアムの問題点

モラトリアム自体は悪いわけではないのですが、現代のモラトリアムは、昔とは質が変わ
ってきたようです。
昔のモラトリアム人間たちは、強い半人前識を持っていました。
そして一生懸命努力して、早く一人前になりたいと思っていました。
自分はまだ、見習いだが早く親方のような立派な親方になりたいとか、早く社会に出たい
とか思っていたわけです。
また、修行の期間や学校に入ることを認めてくれた親や社会に対して、申し訳ないという
思いと、感謝の思いを持っていました。
ところが、現代のモラトリアム人間たちは、自分の今の生活を当然だと思っています。
親から仕送りを受けることを申し訳ないとは思わず、当たり前だと思うのです。
親からの仕送りが少し遅れただけで、親が当然の義務を果たさなかったと怒る学生もいる
ことでしょう。
また、半人前だという意識がありません。
汗水たらして働いている、サラリーマンや主婦をみたときに、なんてくだらない意味のな
い生き方だ、自分の今の生き方の方がずっとすばらしいと思ってしまいます。
だから早く一人前になって社会にでようとは思わず、いつまでも親の世話になりたい、で
きるならずっと学生でいたいと考える青年もいるのです。
昔の青年と比べて、今の青年の方が何もかも悪いなどとは決して思わないのですが、せっ
かく与えられた貴重なモラトリアム時代を生かせない人たちは少なくないかもしれません。

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